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神戸地方裁判所 昭和51年(わ)507号 判決 1980年10月28日

主文

被告人高畑俊明を懲役二年に、被告人藤本高一、同西口清美をいずれも懲役八月に、各処する。

本裁判確定の日から被告人高畑に対しては三年間、被告人藤本高一、同西口清美に対してはいずれも二年間、それぞれその刑の執行を猶予する。

被告人高畑俊明から金一六一万一、五二七円を追徴する。

訴訟費用は別紙のとおり各被告人の負担とする。

理由

(認定事実)

被告人高畑俊明は兵庫県職員であり、昭和四六年四月一日から昭和五〇年三月三一日まで、同県建築部建築振興課宅建業係長として宅地建物取引業法に基づき、宅地建物取引業者に対する指導監督及び右業者で組織する社団法人同県宅地建物取引業協会(以下協会という)に対する指導助言などの職務に従事していたが、同年四月一日付をもつて、同県建築部建築総務課課長補佐に任命されると同時に同県住宅供給公社に出向となり、同公社開発部参事兼開発課長となつたもの、被告人西口清美は神戸市生田区元町通六丁目一一番地に本店を置き、同県知事から宅地建物取引業の免許を受けてこれを営む富士興産株式会社の代表取締役であるとともに、前記協会常任理事兼総務委員長で同協会生田支部長であつたもの、被告人藤本高一は同市葺合区浜辺通五丁目一番一四号に本店を置き、同県知事から宅地建物取引業の免許を受けて、これを営む明盛開発株式会社の実質上の経営者であるものであるが、

第一  被告人藤本高一は、かねてから右明盛開発株式会社が分譲販売中の同県三木市別所町小林字釜ケ谷所在「志染広陽ヴイラーヒル」分譲地及び同市細川町瑞穂字アソ山所在「みずほ苑」分譲地の各販売に関し、右購入者らから右土地の造成工事が遅延していることなどの苦情申出が前記県建築部建築振興課宅建業係になされた際、これの指導処理に当る高畑俊明から便宜有利な取計いを受けたことの謝礼及び今後も同様な取計いを受けたいとの趣旨のもとに、右高畑に対し、

一  昭和四八年九月八日ころ、神戸市生田区古湊通一丁目九番一号料亭「しる一」において、七、五二四円相当の酒食の饗応をし、

二  同月二一日ころ、右「しる一」において、七、六六七円相当の酒食の饗応をし、

三  同年一〇月二〇日ころ、右「しる一」において、一万一、三八五円相当の酒食の饗応をし、

四  同年一一月九日ころ、同市生田区花隈町一六六番地の二小料理店「花くま蕗」において、七、三四〇円相当の酒食の饗応をし、

五  昭和四九年二月上旬ころ、同市葺合区浜辺通五丁目一番一四号神戸市商工貿易センタービル地下駐車場に駐車中の乗用車内において、現金一〇万円を供与し、

六  同月一九日ころ、右ビル地下の喫茶店「ジヤパン」内において、現金五万円を供与し、

七  同年五月上旬ころ、同市生田区加納町三丁目二番地先路上に駐車中の乗用車内において、現金一〇万円を供与し、

八  同年七月下旬ころ、同市葺合区浜辺通六丁目三番一三号先路上に停車中の乗用車内において、現金五万円を供与し、

九  昭和五〇年一月四日ころ、前記「しる一」において、九、五六五円相当の酒食の饗応をし、

もつて右高畑俊明の前記職務に関して賄賂を供与し、

第二  被告人西口清美は魚住公博と共謀の上、昭和五〇年七月三〇日ころ、同市生田区下山手通五丁目一一番地兵庫県庁西庁舎内において、右高畑俊明から前記宅地建物取引業協会の指導育成並びに同協会生田支部所属の宅地建物取引業者に対する指導監督などに便宜な取計いを受けたことの謝礼の趣旨で、右高畑に対し、現金五〇万円を右魚住が手渡してこれを供与し、もつて右高畑俊明の前記職務に関して賄賂を供与し、

第三  被告人高畑俊明は、

一  前記藤本高一から前記第一記載の各日時場所において、同記載の趣旨のもとに同一乃至四及び九の饗応並びに同五乃至八の現金の供与がなされるものであることの情を知りながらそれぞれ同記載の饗応及び現金の供与を受け、

二  前記西口清美及び魚住公博の両名から、前記第二記載の日時場所において、同記載の各趣旨のもとに供与されるものであることの情を知りながら同記載の現金の供与を受け、

三  神戸市葺合区八幡通四丁目一番一〇号に本店を置き、同県知事から宅地建物取引業の免許を受けてこれを営む富国地所株式会社の代表取締役であり、また大阪市淀川区西中島四丁目六番二二号に本店を置き、大阪府知事から右同様の免許を受け、宅地建物取引業を営む富国開発株式会社取締役であり、更に右両社外同系列の会社を総称する富国グループ総本社の会長でもあつた岩崎昭二及び同総本社専務取締役である岡部忠夫の両名から、さきに前記富国地所株式会社が分譲販売していた兵庫県多紀郡今田町所在の「三田ハイランド」分譲地及び同県加東郡社町所在の「東条湖ハイランド」分譲地の各販売に関し、同会社に宅地建物取引業法違反の事実があるとして、兵庫県から、同法七一条に基づく指導がなされ、更には昭和四八年一〇月一六日同法六九条により聴聞が行われた際、これらを担当した被告人高畑より右指導及び右聴聞に基づく監督処分等について便宜有利な取計いを受けたことの謝礼として饗応或いは現金の供与がなされるものであることの情を知りながら、昭和五〇年六月五日ころ、神戸市生田区下山手通一丁目五番地小料理店「音戸」、同区下山手通二丁目キヤバレー「新世紀」及び同区下山手通一丁目五〇番地スタンド「ビリオン」において、合計二万三、八四六円相当の酒食の饗応を受けると共に、その際同区北長狭通一丁目二五七番地先路上において現金二万円の供与を受け、

四  右岩崎昭二、岡部忠夫及び前記富国開発株式会社代表取締役兼富国地所株式会社取締役兼富国グループ総本社社長阪東亮一の三名から、右同趣旨のもとに供与或いは接待されるものであることの情を知りながら、同年七月一二日同県豊中市蛍ヶ池西町三丁目五五五番地大阪国際空港ビル内国際線一階チケツトロビーにおいて、現金一、五〇〇ドル(当時の邦貨換算四五万円)の供与を受けると共に、同日から同月一七日までの間、同空港から香港、マカオ、台湾を経て同空港着の旅行の接待(航空運賃、滞在費、渡航手続費用等合計二七万四、二〇〇円相当)を受け、

もつて同被告人の前記職務に関して賄賂を収受したものである。

(証拠の標目)(省略)

(弁護人らの主張に対する判断)

一  判示第一及び第三の一の各事実について

被告人藤本、同高畑及びその弁護人らは、(1)被告人藤本が明盛開発株式会社(以下明盛開発と略称)の実質上の経営者であつたことを否定し、(2)同被告人の被告人高畑に対する饗応或いは金員の交付の事実の一部を争うので、これらの点について判断すると、前掲証拠によれば、(1)明盛開発は被告人藤本が、昭和四五年五月不動産販売等の目的で設立し、当初は同被告人の妻の実父がその代表取締役に就任したが、これは名目のみで、実質的には被告人藤本がその経営に当つて来たものであるところ、昭和四七年五月に至り、同被告人は、同社の取締役室谷仁美を代表取締役とし、同人にその経営を任すことにはなつたが、もともと同人は、昭和四五年八月ころ被告人藤本の〓慂により、当時勤めていた信用金庫を退職して明盛開発に入社し、同被告人から実績を認められて昭和四六年二月に、同社取締役に登用されたもので、同被告人とは対等の立場になく、その実権は依然として同被告人にあつたものと認められ、殊に同年九月、同被告人が代表取締役として別途不動産取引業を営んでいた明盛株式会社(以下明盛と略称)が宅地建物取引業免許を取消されて後は、右免許を有する明盛開発において右明盛の分をも併せて処理する外なく、しかも明盛においては、右不動産取引業務に代わる新しい事業は未だ軌道に乗つておらず、従つて従来明盛の子会社であつた明盛開発の方が、むしろ中心的存在となつたことから一層その必要があり、右室谷の在任中は同人を通じて、また同人が退職した昭和四九年六月二〇日以降は直接に、被告人藤本が明盛開発を支配し、その実質上の経営者であつたものと認めるのが相当である。そしてこのことは、右室谷が「みずほ苑」分譲等の業績が上がらないこと等の理由から、右のとおり昭和四九年六月二〇日に退職したにも拘らず、明盛の前記免許取消後三年を経過し、同被告人が宅地建物取引業法上明盛開発役員に復帰することが可能となる昭和五〇年九月ころまでの約束で、その後も登記簿上は右室谷が代表取締役として据え置かれ、この間新たな代表取締役は選任されていなかつたことからも窺うことができ、弁護人らの右(1)の主張は採用することができない。

次に(2)についてみると、この点に関する被告人らの当公判廷における各供述は以下述べるように転々として前後一貫せず、これを措信することができない。即ち右被告人両名共本件第二回公判期日においては、その授受した金員等の趣旨は争うが金員授受及び饗応の事実自体は認めており、その後も被告人藤本は第七回及び第八回公判期日においては右同旨(但し第一の八の事実については、第七回公判期日では古いことだし、この事件のことは忘れようとしているので確かな記憶がないとし、また第一の一については第八回公判期日において酒は一、二本である旨)の供述をしていたが、第一〇回公判期日に至り、第一の三、五(但し金額は五万円か一〇万円か不明)、七及び九の事実を認めて第一の一、二の事実を否定し、次いで第一六回公判期日においては、第一の一、四は馴染みのクラブホステスと飲食した分であり、また第一の九については、その事実はなかつたと主張し、更に第一七回公判期日においては、第一の六、八の各金員は被告人高畑に対してではなく、金融関係の人に渡したものである旨供述している。一方被告人高畑も第一一回公判期日に至つて、検察官の「起訴状記載の日時場所で被告人藤本から接待を受けたことは間違いないか」との問に対しては、当初これを肯定していたが、後には藤本と共に「しる一」「蕗」で飲食したのは一回か二回で、日時は不明確であると答え、また第一三回公判期日では、饗応の日時ははつきりしないが「しる一」二回、「蕗」では一回、現金の授受については第一の五、七の一〇万円二回を認め、更に第一九回公判期日においては右第一の五について一〇万円か五万円か不明である旨述べるなど、いずれもその供述には可成りの変化が見られる。そしてその理由として被告人藤本は、右「しる一」及び「蕗」の売上伝票等が当公判廷において証拠物として取調べられた際、初めてその内容を見て従前の供述の誤りに気付いたというものであるが、同被告人の検察官に対する昭和五一年七月一日付供述調書によれば、既に右調書作成の際、右売上伝票と同内容の請求書を取調担当検事から提示され、これを見ながら供述しているものであり、また警察では売上伝票も提示されたことが認められ、同被告人の右弁解は直ちに措信できず、また被告人高畑は酒が飲めないことを理由として右饗応の事実の一部を否定するが、同被告人は昭和四九年一二月中頃、三宮付近の馴染みのバーにウイスキーのボトルを置いていた事実(西口民子の検察官に対する同年七月五日付供述調書)からすると、これも直ちには措信できない。これに対して右被告人両名共、捜査段階においては詳細に右饗応等の事実について供述し、饗応或いは金員の授受のなされた場所等についてそれぞれ図面を作成して説明しており、また被告人藤本においては、金員授受の各現場において、その場所を指示する実況見分調書が作成されていること等に照らすと、むしろ前掲証拠が措信するに足るものとして判示のとおり認定した。

二  判示第二及び第三の二、三の各事実について

被告人高畑、同西口及びその弁護人らは、(1)金員授受当時被告人高畑は兵庫県住宅供給公社に参事兼開発課長として出向し、右公社の職務に従事していたものであり、兵庫県建築部建築総務課課長補佐として県職員の身分をも有してはいたものの、同職員としての職務に専念する義務を免除されており、右時点においては一般的抽象的権限においても変化があつたものであるから贈収賄罪は成立せず、(2)右被告人西口らが同高畑に交付した金員は、同被告人が魚住の依頼を受けて柴勝三の土地売買に関し右業者の媒介、不動産取引の仲立をしたことに対する報酬・手数料である旨主張するので、これらについて判断すると、前掲証拠によれば、(1)被告人高畑の右金員等授受当時の身分及び職務の内容等については弁護人主張のとおりであるが、同被告人が右出向後、兵庫県職員としては何らの職務権限を有しておらず、また公務に従事していなかつたとしても、未だ県職員としての身分は失つておらず、また、右供与を受けた金員等は、右転職前の職務に関連することが認められる以上、右は公務員としての職務の公正と、これに対する社会の信頼を損うものと言うべきであるから判示のとおり解するのが相当であり、弁護人の右主張は採用しない。次に右被告人らはいずれも当公判廷において右(2)の主張に添う供述をしており、右金員が右柴から被告人西口らに対して支払われた仲介手数料の中から醵出され、また時期的にも右柴からの支払の直後である点からすれば、同被告人らが述べるような趣旨も一部に含まれていたことはあながち否定できないのではあるが、しかし情報提供或いは媒介、仲立とは言うものの、被告人高畑の行為としては魚住の依頼により同人に同業者である被告人西口を単に紹介したにとどまるものであり、「当時不況の中で売り物件があつても買手がない状態」であつたこと(証人西口の第一八回公判期日における供述)及び同被告人が右金員の一部を負担したと主張する木南は右被告人高畑の行為とは直接に何等の関係もなく、また右物件が土地開発公社に売れたのは、右木南らの尽力によるもので、売買の成立自体には被告人高畑は何ら関与していないこと並びに右売主柴慶子も右金員中に自己の負担分があつたとは考えておらず、この点は被告人西口の供述とは符合しないこと、更に同被告人らの当公判廷における各供述は必らずしも前後一貫していないこと及び右金員の額等からすると、右金員が前記被告人高畑の行為に対する報酬・手数料としての趣旨のみで供与されたものとは認め難く、同被告人らの捜査段階での供述のとおり、主として右高畑の職務に関して支払われたものと認めるのが相当であり、この点についての被告人らの主張も採用することができない。

(なお弁護人らのその余の主張は、前掲証拠に照らし、いずれも採用することができない)

(法令の適用)

罰条

被告人藤本、同西口の判示第一、第二の各所為

各饗応或いは各金員の供与毎にそれぞれ刑法一九八条(一九七条一項、但し判示第二については更に同法六〇条)。いずれも懲役刑選択

被告人高畑の判示第三の各所為

いずれも(判示第三の三についてはこれを包括して)同法(但し刑法六条により昭和五五年法律第三〇号刑法の一部を改正する法律による改正前のもの)一九七条一項前段

併合罪加重(被告人藤本、同高畑関係)

それぞれ刑法四五条前段、四七条本文、一〇条(被告人藤本については犯情の最も重い判示第一の五の罪の刑に、被告人高畑については同じく判示第三の四の罪の刑に、それぞれ法定の加重)

刑の執行猶予(各被告人につき)

いずれも同法二五条一項

追徴(被告人高畑の収受した現金及び饗応による利益はいずれも没収することができないため)

同法一九七条の五

訴訟費用の負担

いずれも刑訴法一八一条一項本文

別紙

<省略>

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